みかんの白

爪の隙間に挟まったみかんの白い部分を

逆の手の爪で取り出しながら、

キヨノはぼぉっとテレビを見ていた。

12月31日、一年の一番最後の夜。

だからといって、キヨノに特別にすることなどない。

テーブルの向かい側でずるずると蕎麦を啜る康夫だってそれは同じだ。

二人合わせて、130をとうに超えている年齢になっているのだから。


「なぁ、七味あるか」

「はいはい」


キヨノはこたつから出て台所へ向かい、引き出しから赤い小瓶を取り出す。

ついでにと水道で手を洗って爪の隙間のカスを取り除いた。

随分と鈍ってしまった感覚だが、水は思ったより冷たい。


「ハイこれ」

「あぁ。すまんな」


またさっきの場所へ戻り、新しいみかんを剥き始める。

白い部分まで丁寧に取り外していると、

続いていたずるずるが止まりぼそっと康夫の声が聞こえた。


「そこに栄養があるんやて」

「え？」

「その白い部分に、一番栄養があるんやって。こないだテレビで言うてはった」

「はぁ。そぉなん」


細かく動かしていた手を止め、キヨノはそのままみかんを食べ始めた。

康夫もまたずるずると蕎麦を啜り始めた。

時折熱さを冷ますふぅふぅと言う息が挟まる。

ほとんど見ていない歌合戦の画面はどんどんと移り変わっていく。

最近の若い子たちの歌は、早過ぎて何を言っているのか分からない。


「でも、今更ねぇ」


みかんを頬張りながらキヨノは言った。


「ん？」

「いやね。今更栄養なんかつけても」

「・・・」

「もうこんなに生きてきたのに」


ふと差し出された箸の先の蒲鉾に、

そうだこの人は練り物が嫌いだったと思い出した。


これだけ長く連れ添ってくれば、もう色々なことを知りあっている。

だけどこうして少しずつ薄れていく記憶は、

キヨノを悲しませる原因の一つになってしまうのだ。


もしもいつか、とキヨノはふと考える。

もしもいつか、この人のことまで忘れてしまったとしたら。


「こんなにってお前、まだまだやろ」

「あんた幾つまで生きてる気ぃよ」

「そりゃぁ、お迎えが来るまでやけど。でもまだ早いわ」

「そぉかいなぁ。あたしはもぉ十分や」


そうなってしまう前に、この人より先に、

死んでしまいたいとキヨノは思う。

そのときこの人は、今までみたいに笑ってくれるだろうか。


「あんた、あたしより長生きしぃや」

「んなもん当たり前やろ」

「ほんならええけど」

「お前の骨は俺が拾うたる」

「そぉ。そりゃおおきに」


汁まで全部飲みほして、はぁ、と息をついた康夫に、

キヨノは残っていたみかんを渡した。

康夫は受け取ったそれを黙って半分に割り、小さい方をキヨノに返した。


「あたしはもぉええよ」

「食っとけ。・・・栄養つけな」

「ふふ。はいはい・・・・・・」


時計の鐘が響き、また新しい一年が始まったことを伝えてくれた。

やかましいテレビを消し、みかんを全部食べ終わり、

キヨノは笑った。


「明けました」

「ん」

「今年もどうぞ、よろしく」

「今年もやのぉて、これからも、やろ」

「っふふ・・・そぉやね・・・・・・。これからもどうぞ、末永く」

「・・・ん」














ずっと昔、まだ若かったころ。

永遠に死なずに生きていきたいなんて、馬鹿げたことを思っていた。

少し前、もう随分と長く生きてきたころ。

これだけ沢山生きてきたんだから、そろそろお迎えに来られてもいいなんて笑っていた。



だけどやっぱり、心はいつまでも若くあり続けたいらしい。




だってまだもう少しの間、

こうして二人でみかんを食べていたいと思うもの。





























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